瀬戸内海フェリー讃歌  牧江由太 2007年 8月 第76号


 フェリーが好きだ! まあ叫ぶほどのことではない。だが、生活感の漂う航路を行くとうれしくなるのだ。日本一周フェリーの旅を企てようかと真剣に思ってしまうなんて…。平々凡々、あまり自慢できることのない僕だけど、そのお馬鹿な発想に悦にいる。

 まずは手始めは瀬戸内海。福岡県に住んでいた学生時代は、新門司〜六甲アイランドの「阪九フェリー」を利用して、関西の実家まで里帰りしていた。阪神大震災の後は、六甲アイランド港が復旧するまで「We Love KOBE」と船体に書かれたフェリーが泉大津に着いていたような気がする。魅力は何より安さだった。


 しばしの帰省のあとの今回も、六甲アイランド港から船旅を始める。「ダイヤモンドフェリー」で今治に向い、さらに広島県に渡って三次まで帰る。なんて贅沢な時間の使い方だろうか。みんながせわしない世の中こそ、こんなスローな交通手段もいいもんだ。

 実は「空中ブランコ」で直木賞を受賞した奥田英朗さんのエツセー「港町食堂」にもろに影響されたわけ。船内や寄港地で繰り広げられるディープで温かい人づきあい。いいなあ。僕には誰彼なく話しかける度胸なんてないが、雑魚寝する人ばかり二等客室の開放感が、気持ちを少しだけ大きくさせる。
 
 

 フェリー「ブルーダイヤモンド」は大分行き。今治と松山に寄港する。午後10時45分、ゆっくりと離岸した。二等客室はやや人が多い。隣は、バイクのヘルメットとロードマップを持った兄ちゃん。四国をツーリングかな。通路を挟んで向いは、USJのおっきな土産袋を抱えた娘さん4人組。円座になって「あたし30円多いよ」「損してないし、とっとき」・…遊園地で使ったお金の清算だろうか。いつまでも友達を大切にね、って心から思う。

 レストランは、夫婦連れが多い。みんなソファにゆったりもたれてリラックスムード。いいねえ。売店を冷やかし、文庫を1冊購入。風呂にも行こうと、フェリーのマーク入りタオルを買った。210円。百円ショップでも買えそうなものだけど、本場の今治産だと思いこもう。

 甲板に出ると汗ばむ陽気の昼間が嘘のように、風が心地良い。細やかにきらめく無数の光はまだ神戸。海から眺める100万ドルの夜景も乙なものだ。甲板で風にたたずむのは中年男性が多い。本当にロマンチックなのは男の方なのよ。

 さて、船の揺れを一番感じるところはどこだろう。船尾右側にある展望風呂に浸かって、ここだっ!、と思った。おっ揺れる揺れる。湯が裸の体を押したり引いたりして、お尻は少々落ち着かない。真夜中で展望は期待できない風呂だけど、フェリーと一体になれたようでちょっと面白い。

 風呂から上がると俄然、眠くなる。直方体の固い枕はフェリーニ等客室共通なのか。ちょっと高くてベストポジションを探すのに苦労する。体の位置が収まったところで目をつむる。静かにグーン、グーン。三半規管を優しく刺激する揺れはむしろ心地いい。

 あと30分で今治港に入港する早朝5時、船内案内で目を覚ました。頭から毛布をかぶりもう15分。そろそろ身支度しなくちゃ。僕よりもツワモノがいた。あのUSJ娘4人のうち2人。いつまで寝てるんだろか。やおら起きあがり寝ぼけまなこながらも、ちゃんと下船できるところは十代の若さのなせる技だろうか。
 
 今治港は、瀬戸内海に浮かぶ島々への航路の拠点。名も知らぬ島が僕を呼んでいる気がして、瀬戸内海の島を周遊することを即決。出港時間まで港周辺をうろつく。港からJRの駅の方に向かう商店街には、早朝喫茶なるものがいっぱい。5時ごろから店を開けるらしい。港町の朝は早いのだ。今治人のしやべくり漫才のような会話を聞きながら、モーニング400円。ごちそうさん。

 8年前、尾道と今治が10の橋で結ばれ廃止された航路も多いが、橋のない島々では、今も小型フェリーや快速船が生活の動脈である。かつて橋梁エンジニアを志した僕は、夢破れて桟橋に立っている。快速船「第三徳海」で岡村島に向かう。小船だが揺れはそれほど感じない。来島海峡大橋を抜けていく。

 岡村島に到着して、旅のテンションは高まる。だけど無料のレンタサイクルを借りて島内めぐりのはずが、1キロほどで断念。チェーンが切れてしまったのだ。やれやれとばかりに海を見やると、どうも見たことある景色。狭い海をはさんだ向こうは広島県の大崎下島。潮待ちの港町・御手洗だった。

 チェーンの外れた自転車を押して港に戻ると、これ、レンタサイクルじゃなかった。今治に出かけた人が、鍵を掛けずにとめておいたらしい。ごめんなさい。連絡先とおわびのメモを残して、今治行きのフェリーに乗り込む。島を去るときはたいてい後ろ髪を引かれるが、今回は引っ張られる感じだ。

 自宅に戻った夕方、自転車の持ち主から電話があった。「もう捨てようと思っていたからいいんですよ」と優しい。島に惹かれるわけだ。また船旅に出るぞ!・
 
 
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